忘却こそ被災者の危機ー中井久夫ー

忘却こそ被災者の危機
「誰かいてくれる」だけで意味―中井久夫さん・精神科医

東日本大震災に、私たちはどうたち向きあえばいいのだろう。阪神大震災を経験した精神科医中井久夫さん(77)に尋ねた。                                     (聞き手・高津祐典) 朝日新聞・'11/03/15

関西の人間が、調子が良いことは何も言えない。「何が出来るか」という問いに対しては、現場から見るのと、外から見るのとでは大変な違いがあると思うから。

自分が体験した阪神大震災の時は、各地から色んな人が調査に来た。地震についての感想を何人にも聞かれた。アンケートは憎悪の的で、僕はそれを断る係をした。また同じ事を聞いていると思った。

誤解もあった。ある米国の記者が「日本人は感情を表に出さないから、自殺者が多いはずだ」と思いこんで、そんな記事を書いた。被災者はむなしくなるし、腹が立つ。

災害が少ないという英国の記者は、「我々は災害を知らない」と言った。同じ目線に立とうして違いをはっきりさせる方が、真摯だと思う。

現地の声に耳を

日本で一時にこれだけの災害はなかった。空襲も、これだけ広範囲ではなかった。いままでの資料に書かれていないことも起きていると思う。阪神大震災の時は、神戸の中から色んな提案がでてきた。僕らは教訓より、現地の中の声に耳を傾けるべきだと思う。

だから分かったようなことは、何も言えない。被災した人たちが切り開こうとする道を尊重していくしかない。

周囲の人は、いま出きることをやるより他にないと思う。「気の毒、かわいそう」という言葉は逆に反発を買こともある。「わかってたまるか」という気持ちもある。被災者の事は被災者でないと分からない、とも言うから。

失ったものへの思いは人それぞれだし、共感するのは簡単ではないくらい、災害は一人ひとり違う。地域によっても集落が全滅した所とそうでない所では、対応も違ってくる。心の傷は、回復する力を持っている。だからこそ被災者に敬意を持って、自尊心を尊重するのが大切だと思う。


ただ「誰かがいてくれる」というだけでも意味がある。目の前で親を亡くした人は、大変な心の傷を負っている。しばらくは呆然としているが、徐々に視野が広がるようになってくる。僕だって、今はリビアの争いのことは何にも耳に入らないくらいだ。周りのことが見えるようになった時に、体験を分かち合っていく事がとても大切になる。

忘れられるのが最大の危機だと思う。阪神大震災の時は、各自治体の救援の車が見えただけでも心の支えになった。それから暖かいご飯と、ゆっくりと休める場所。災害直後はPTSD(心的外傷ストレス障害)の予防にそれが一番重要になる。

40〜50日が勝負

それから阪神の経験で言えば、40〜50日でやるべきことはやっておかないと、その後は頭が動かなくなる。第1次大戦の時、兵士が戦場に40〜50日いると、限界がきて武器を投げ出したくなったという話がある。私も40日過ぎに、丸1日眠り続けた。

食事も大切だった。乾パンと水で持つのは2日。カップ麺で持つのは5日。1週間過ぎたらうまい食事をとらないと、精神的にも苦しくなる。

過去に津波があり、集落が丸ごと壊滅した例もある。それでも人間が住んできた。まだ先は見えないが、集団として、社会として、立ち直ることは間違いない。