2019-01-01から1ヶ月間の記事一覧

江戸期の花弁園芸文化ー中尾佐助(花と木の文化史)ー

江戸期に大改良された品種で、西欧に大きな刺激をあたえたのは、ツツジ、サツキ、アサガオ、ハナショウブ、カキツバタ、アヤメ、……、カエデ、などである。それ以前からの、サクラ、ツバキはいうまでもなかろう。「栽培植物の世界」でも述べたが、日本文化史…

『彗星の孤独』ー寺尾紗穂ー

血だけでないつながりは、未来を明るくする鍵かなと思う。きずなが強い家族でなかったことで、かえって見えた部分があったのかも知れません。

江戸時代の花弁、庭木の大発達ー中尾佐助(栽培植物の世界)ー

日本が今日の世界文明に貢献した要素として、江戸時代の花弁、庭木の園芸成果は非常に大きい。浮世絵が西洋文化に与えた刺激より、園芸植物の与えた影響のほうがはるかに大きい…。そのことを日本文化史の研究者はまったく認識していない。

本を書くことは恥をかくことだー中尾佐助ー

私は、本を書くことは恥をかくことだと思っている。まちがいがどうしてもまぎれ込むし、認識不足や足らないところが出てくるものだ。こういう意味で他の書を見ると、欠陥はずいぶんあるのが常だ。しかし欠陥をおそれ、完全無欠を追求すれば、それはもう、も…

感動のコンテンツに毒された社会

感動コンテンツに毒された社会不道徳お母さん講座 私たちはなぜ母性と自己犠牲に感動するのか著者:堀越 英美出版社:河出書房新社ジャンル:哲学・思想・宗教・心理「ごんぎつね」に感動させてどうする気? 母さんライターが歴史をさかのぼり、日本人の「道…

単純から複雑への疑問

加藤尚武『教育ヒューマニズム批判』 (雑誌・現代思想1985年11月号・特集=教育のパラドックス) 「リニアーなプログラム」主義への疑問甘口な教育ヒューマニズムが問題にする「落ちこぼれ」は、彼等が信じて疑わない「リニアーなプログラム」の生み出すものである。普通ス…

世界における索引と徴候

中井久夫《世界における索引と徴候》 ー『徴候・記憶・外傷』ーふたたび私はそのかおりのなかにいた。かすかに腐敗臭のまじる甘く重たく崩れた香り一、それと気づけばにわかにきつい匂いである。それは、ニセアカシアの花のふさのたわわに垂れる木立からきて…

同種とその異性を認識する

中尾佐助「分類の発想―思考のルールをつくる一」「アイデンテイテイ」 地球の上に生きている生物は、植物と言わず、動物といわず、微生物といわず、いずれもある形式の分類能力を持っている。それは生物はことごとく原則として有性生殖をしており、同種(スピーシス)…

歴史とはなにか

上野千鶴子「方法の問題」(「ナショアリズムとジェンダー」) 歴史とは、「現在における過去の絶えざる再構築」である。歴史が過去にあった事実をありのままに語り伝えることだというナイーヴな歴史観は、もはや不可能になった。もし 歴史にただひとつの「真実」しかないとした…

人生とはその人の回想である

斉藤 学「封印された叫びー心的外傷と記憶」ある人の人生とは、その人の回想のことである。個々の記憶の内容が、前後関係を位置づけられて並んだものが、その人の人生であり、つまり自分自身である。その人の記憶はその人の現在の必要を示す。……記憶は、その日…

純粋な知的好奇心はデガダンスである

大学生を相手にした対話では、「純粋な知的好奇心」が学問に必要だと述べている。それは、研究の社会に向けた意味を問う視点からすれば、一種の頽廃であろうが、「デカダンスはかなわんと言う倫理主義者、まじめ主義者には学問は向かない」。 一丸山真男対話…