同種とその異性を認識する

中尾佐助「分類の発想―思考のルールをつくる一」

「アイデンテイテイ」
地球の上に生きている生物は、植物と言わず、動物といわず、微生物といわず、いずれもある形式の分類能力を持っている。それは生物はことごとく原則として有性生殖をしており、同種(スピーシス)の相手と有性的に結びつく能力を必要とするからである。同種であっても異性であることが必要である。異性であっても、その異性が適期であることが必要である。サルでも牛馬でも、たぶんミミズ、カタツムリ(雌雄同種)でも同様であろう。これらはいずれも他の動物から同種の動物を認識するという分類ををなし、さらにその中から異性を認識するという分類をしている。このように生物が自己と同種の個体を認識、分類することを、私はアイデンテイテイとよぶことにしよう。生物はこのアイデンテイテイの能力を持つことによって、自己の種族を後世に伝え、地球の歴史と共に生きつづけてきたわけである。

このアイデンテイテイの能力は、生物に共通の特色で、それは生物体がことごとく細胞から成立していることと同様に、生物であることの基本的要件となっている。換言すれば、アイデンテイテイは生物が有性生殖という生殖法をとって生きはじめてから、欠くことのできない前提的能力になったのである。くだいていえば、分類学の始まりは、有性生殖の始まりから始まったことになろう。この能力は頭脳のない生物にも共通にあるので、それは大脳の作用による高次の文化的能力でなく、細胞の中に書きこまれた遺伝的能力で、本能とよばれるものである。生物の中には有性生殖の知られてない藍藻類や、バクテリア、不完全菌類とよばれるような、通常有性生殖のない種類がある。これらは同種の仲間ということが全くないのか、それは今のところ判らない。ただこうした生物は群落生活をすることが多く、孤立生活はむしろ稀である。群落をつくるということは、その内部で相互協力の生活があるかもしれない。もしそうであれば、そこにある種のアイデンテイテイがあると見ることができよう。しかしこれは単なる推論であるので、確証されていない。真相はまだ判らないのだといっておくべきであろう。