終世めとらぬわが兄ー塚本邦雄・百珠百華ー

獨身と既婚が浄・不浄を分つ基準にならぬことは自明であらうに、人は前者に、うちつけにカトリックの神父などを聯想して、生涯不犯を神聖視する。神父の大本山ヴァテイカンが世界一の春画の寶庫ときけば、そのあらたかさもけし飛ばうし、そのかみの免罪符売の結構な功績を知れば、なるほどと、系譜の正しさを頷き、獨身とは毒身の、文字遣ひの誤りではなかったかと目をこすりたくなる。