「永世、中立」−塚本邦雄・百珠百華ー

中立、言うは易からう。だがこれを保つのは、綺麗事では済まない。永世中立のスイスは、国民皆兵の掟がある。二十歳から五十歳までの男は、年齢に応じて、一定期間の軍事訓練を受けねばならず、彼らは常に自宅に銃器と弾薬を備えておく義務を持つている。ああ「永世、中立」とは、このやうな、…魂によってしか保てない。

スイスに絵葉書通りの風光を楽しみ、時計を買ひ、国際連盟の白亜の城を仰ぐのもよからう。だが様様の人種がかたみにその血の特殊性に固執し、観光客に作り笑ひを奉りつつ、「永世、中立」の苦い果実をまもらうとする姿は、時として慄然たるものがある。中世には、欧州各國へ、傭兵として、戦争の助党に馳せ参じた人人の末裔、巨大国の腥い歴史を横目に見て、疑ひ深い、硬張つた微笑を報いる。「永世、中立あるごときまひる」この宙吊りの、拷問に似た平和を、誰が嗤ひなどできようか、かつまた、その虚しさともの狂ほしささへ、誰一人代わることなど、できないのだ。