西瓜嫌悪症ー異国美味帖(塚本邦雄)ー

 西瓜が嫌いである。大嫌いで、隣々々席から漂って来る匂い(臭い)にも、食欲を喪失する。ものごころのついた頃から、かたくなにこれを拒み、五人の家族から一人だけ離れて、西瓜の饗宴の席では真桑瓜などあてがわれていた。親族に一人、母の弟にあたる人物が、ほとんど同程度の西瓜嫌悪症だったお蔭で、よその家庭よりは、かなり大っぴらに異論を主張できた。……。今日、妻が私に遠慮して西瓜を食べているらしいことが、冷蔵庫にその気配を残していて、ふとあわれを催すこともあり、年に一度は昔の叔父を回想する。


 まず第一に西瓜の匂い(臭い)。青臭いというより腥い。それも植物のにおいではなくて、一種の金属臭である。場末の旋盤工場の削り屑の臭いに近い。刃物を砥ぎつつある砥石のねとねとした泥の臭いにも似ている。経験はないが、殿様蛙を解剖したらそんな臭いを発するかも知れない。そう思うだけで、一瞬嘔吐を催し、西瓜の紅は流血のイメージしか喚起しない。緑と赤の色の対比・照応が愚劣で、それが嫌悪の一つだ。