2018-12-12から1日間の記事一覧

横尾忠則なんという無礼なー三島由紀夫の寄稿文(1966年横尾忠則個展への)ー

「横尾忠則なんという無礼な」 引用 三島由紀夫―1966年・横尾忠則個展への寄稿文―横尾忠則の作品には、全く、われわれ日本人の内部にあるやりきれないものが全部露出していて、人を怒らせ、怖がらせる。何という低俗のきわみの色彩であろう。招魂社の見…

美術という見世物ー木下直之ー

美術という見世物 木下直之『乍憚口上』(「美術という見世物」)現代人が美術と呼んでいるものも、この国に昔からあったわけではない。体操の歴史に似て、美術もまた、官が民に教え込んできたという歴史を持つ。美術学校とはそのための施設である。美術学校を頂…

花田清輝の太宰 治論ー二十世紀における芸術家の宿命(錯乱の論理)ー

花田清輝の太宰 治論 二十世紀における藝術家の宿命ー太宰治論ー 花田清輝「錯亂の論理」眞善美社 「オルソドクシー」のなかで、チェスタートンは、イギリスの快走艇操縦者が、いささか航路をあやまり、その結果、南海の新しい島だとばかり信じながら、實はイギ…

魯迅の傑作「故事新編」ー花田清輝ー

魯迅の傑作故事新編花田清輝 「魯迅」(『文学』1956年10月号原題「故事新編」)戦争中、しばしば、わたしは、魯迅の『故事新編』についてかいた。とりわけ何度もとりあげたのは『鋳剣』で、青衣をまとい、青剣を背負い、暴君をたおすために、城内にむかってひた走…

津島佑子さんを悼むー哲学者柄谷行人(虐げられたものへ愛と共感)ー

津島佑子さんを悼む哲学者柄谷行人 2016-02-25 12:00:00朝日新聞 2016.2.23 虐げられたものへ愛と共感哲学者・柄谷行人 私が中上健次に紹介されて、津島佑子に会ったのは、1970年代の末ごろである。 彼らはかつて同人雑誌「文芸首都」の仲間であった。私…

友情とは相互の軽蔑の上にー中野好夫(「悪人」礼賛)ー

友情は相互の軽蔑の上に中野好夫はエッセイ「悪人礼賛」のなかで、“友情”について常識をくつがえす、下記のような定義をしている。友情というものがある。一応常識では、人間相互の深い尊敬によってのみ成立し、永続するもののように説かれているが、年来ぼ…